2020

05.18

窓と鍵 3




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「新聞社にお勤めされていらっしゃるんですか? それともフリータイターでらっしゃるんですか? わたくし、そういう方は、コーヒーがお好きなのだと思っていました。」

 女性は、少し、緊張したぎこちない笑みを浮かべながらも、歌うように筆者に話しかけてくる。日本人形のように切りそろえられた黒い髪に、くっきりとした深い瞳。語る度に、ひらひらと動き回る彼女の手は、陶器のように滑らかで白く、しなやかで、美しい。しかし、惜しいかな左手には、薬指と小指が無い。だが、彼女は全くそれを隠すような素振りは見せず、その手は、自由に空間を踊った。そして、筆者は、彼女の話に聞き入っているうちに、欠けた物がある からこそ、かえってその美しさが際立つのだと感じ始めていた。
 普段、ほとんど、家に閉じこもって生活をしているというその女性は、ようこの話の後に、「窓と鍵」の雑誌を拾った時の事を、その人と交わらぬ生活ぶりとは裏腹に、率直に語ってくれたと思う。

 「そう、『窓と鍵』でした。私は、その雑誌を、塾の帰りに通りかかった公園で拾ったのです。中学2年生だったと思います。『窓と鍵』という題名 も、平凡な二色刷りの表紙も、扇情的なものはなにもなくて・・・・・・。私は、つい『あ、雑誌が落ちてる。なんだろう』程度の認識に引かれて、公園に入り込んでしまいました。そして、何の警戒心も無くその場で、拾い上げた雑誌のページをめくってしまったのです。後から思うと、どうしてそんなことしてしまったのか、どうしても分かりませんでした。落ちているものを拾うなんて・・・・・・でも、その時は、なんとなく、ただふらふらと、そうしてしまったんです。
 けれど、色刷りのページを開いた途端に、私の喉は、驚きのあまり、締め上げられるような呻き声をあげてしまいました。大慌てで、ぱたんと音を立 てて雑誌を閉じた後も、物凄く悪いことをしている所を見つかった気分に襲われ、おそるおそる、周囲を見回さずにいられませんでした。
 夕暮れの公園には人影もなく、公園の周囲は、木が生い茂り、たとえ、周囲の家の窓から誰かが覗いていたとしても、何も目撃する事は、できないと思われました。
 でも、もし、ここにこの雑誌がある事を知っていた人がいたら。私が、公園に入り込んで、出てきた時に、雑誌が無くなっていることに気づいたら。 持っていったのは、あの女の子に違いないと分かってしまう。どうしよう・・・・・って、思ったのを覚えています。そんな事、だれにも、知られているはずもないのに・・・・・。でも、そう思うだけで、私は、かあっと顔が熱くなり、震える手でその雑誌を塾のバックの中に大急ぎで突っ込むと、足早に家に、逃げ帰ったのでございます。
 その夜、家人が寝静まってから、布団の中に学習用のスタンドを引き込んで、息を殺してむさぼるように雑誌を読んだのを覚えています。頬のすぐそばにあった、蛍光灯のランプが、すごく熱くて、湿った身体を動かそうとする度に、汗で張り付いた肌が、いやらしく音を立てるんじゃないかと思いました。
 その雑誌は、今で言えばSM雑誌と、人に呼ばれる種類のものだったと思います。けれど、私は、そういう事だけを集めた雑誌の存在を、よく知りませんでした。断片的にしか知らなかった、赤裸々な男女の交わりだけでなく、嫌がる女を縛って無理矢理に犯したり、鞭で打ち据えたり、果ては、たくさんの人達の前で辱めたりするような絵や小説が沢山載っていました。
 それから、淡々と、まるで科学の実験レポートのように、蝋燭の温度や、縄の手入れの方法を説明しているページもありました。女性はそこでは、実験の道具で、物のように扱われるのです。その合間には、白黒で刷られた、海外の絵と覚しき拷問図が散りばめられていて、数々の拷問を受け続けていて、私 が、ページをめくる度に、囲まれた壁に悲鳴を響き渡らせていました。
 その雑誌は、私が今まで、自分の中に見つけ、扱いかねていた欲望を全て、余すこと無く、誰の目にも分かる形で、描いた雑誌だったのです。」

 そこで、彼女は、ほうっ・・・・・・と、ため息をついて、もう一口紅茶をすすろうとしたが、カップの中は空っぽだったので、自分で、ポットを引き寄せ て、私と自分のカップにおかわりの紅茶を注いだ。指が無くても、動作に不自由さは無かったが、それでも筆者は、無作法にも、その欠けた部分をじっと見 つめずにはいられなかった。
 「この、指。気になりますか。これは、昨年、包丁で、うっかり、切り落としてしまったのです。」
 筆者は、急いで首を横に振り、気にならないと応えてみせようとしたものの、その瞬間に、彼女の着ている襟が、隠しきれずに変色した打ち傷の痣を覗かせているのに気がついた。そして、彼女自身も多分、筆者がそれに気が付いた事に、気がついた様子で、ふっ・・・・・と視線を逸らした。

 「私が、初めて、そういう行為がこの世の中にあるという事を知ったのは、高校の国語教師だった叔父の家に、しばしば遊びに行き、泊まるように なったせいでした。叔父は、壁一面を、たくさんの難しい本で埋め尽くした書斎を持っており、遊びに行くと、私は、その部屋に布団を敷いて寝かせられていたのです。
 小学3年生でした。こんな子供が、小さな字でいっぱいの文学全集や学問の本や、大人用の雑誌の中から、砂浜に落ちている埋もれかけた桜貝のようなささやかな存在である加虐被虐のシーンを探し、隠れて読んでいるなどと、大人たちは、誰も想像していなかったに違いありません。
 私は、私の胸に響くシーンを追い求め、文学全集から、推理小説まで、並んでいる本を次々と漁りました。とにかく、無理やり酷いことをされる女性を描いている部分が好きだったのです。恐怖に頬を引きつらせ、涙ながらに懇願し、許しを請い、逃げ惑い、悲鳴をあげ、痛みに身悶えする女達が表現されている部分が・・・・・・。
 それから、私は、本屋に行くと、それらしい記述のある本を探すようになりました。けれど、持っているお小遣いも少なく、 ヌードグラビアが載るような雑誌に近づくなんて、到底出来るはずもありません。私は、文庫本のコーナーを行ったり来たりして、ようやく、文庫本になっていた、海外の官能文学を手に入れました。
 そして、白黒の挿絵がわずかばかりに入っているだけの、文字の連なりの中に、恋焦がれる行為をみつけ、戒めを解こうと必死になって、身をもがく 女達を探しだしました。優等生の仮面を被ったまま、その子供が読むのは禁止されていると思われる一瞬、一瞬を愛で、繰り返し、繰り返し、心の中で思い巡ら し、身のうちにふつふつと滾るものを抱えて、生きておりました。

 ですから、「窓と鍵」を、布団の中で読んだ夜は、私にとっては、到底忘れられない夜になったのです。今まで見てきた、白黒の抽象化された挿絵や、時代小説の中に時折現れる責め折檻とは違って、そそけだつ産毛すらも見えるかのように克明に描かれた女性が、乱れた着物をはだけたまま、眉を寄せた辛そうな表情で床の間に縛られて晒されている絵やあられもない姿で男たちに責めさいなまれている様が並んでいました。また、物語の中で、ただそれだけが目的の物語の中で、延々と、悲鳴をあげ、涙を流しながら、身をくねらせる様が克明に描かれていたのです。
 今まで、飢えながら、あちこちを探しても、得られなかったものを見つけた喜びと、明らかにいけないことをしているに違いないと思う確信に、私の胸は高鳴りました。
 そして、何度も何度も、読み返すうちに、私の身体は熱く火照り、自分の手で、どこかに、振れることも恐ろしいほどに敏感に、むき出しになっていきました。それは、ただ、身体だけの事では、ありません。心もそうでした。蓋を締めてしまい込み、見つからないように、時々こっそりと覗き込み、楽しんで きた、いけない禍事の中に、私の想いはどっぷりと浸かりきり、固く結び付けられてしまいました。今までの飢えを満たすかのように、何度も何度も、頭から泉に顔を突っ込むようにして、淫楽の泉から水を飲み干していました。」

 「今では、私も大人になり、いつしか、身体の関係があるような恋人とも、何人もおつきあいした事もございます。
 昔に比べて、そのような本もビデオも、簡単に手に入るようになりました。ただ、私が大人になっただけかもしれませんが。でも、どんな雑誌でも、本でも、「窓と鍵」のように、何度も何度も、繰り返し舐めるように読むような事はありませんでした。
 それから、始めは緊張しましたけれど、それこそ清水の舞台から飛び降りるようなつもりでIDカードがないと入店できないようなお店にも、行った 事もございます。思いの外、店員さんも、常連のお客さんも、フランクだったおかげで、まるで、行きつけの喫茶店でも出来たような気軽さで、そのお店に通っておりました。 お恥ずかしい事でございますが、服こそは脱ぎませんでしたけど、親しくなった方に縛ってもらった事もございました。そういうお店に来るお客さんの中には、縄を自由に操ることができる方がいて、そんな方はどうしてか紳士的で優しいのです。身体をいやらしく撫で回すこともなく、いきなり服を引き裂いたりもしません。
 でも、そういう場所では、私は、布団の中に隠れて、あの本をこっそりと読んでいた時のような喜びは、一度も感じたことはございません。実際に、縛られて自由を奪われているはずなのですけれど、男性は、決して私の嫌がることはせず、その行為に慣れきった他のお客たちは、隅っこで、そんなみだらがましい事をしている私たちを、いやらしくジロジロと見ることもありませんでした。
 あの店は、安全でした。女性にとっては、限りなく。そして、そこで飲む水はまるで、濾過されてしまった、味の全くしない水道水のよう・・・。不純物はまるで入っていないかけれど、喜びのかけらも見つけることはできないのです。
 だからいつの間にか、自分が、あの本を無くしてしまった事に気がついた時は、わたくし、本当に悲しくて、悲しくて・・・・・・。いつまでも塞ぎこんでしまい、諦めきれませんでした。それを失ってしまったと思っただけで、もう、なにもかもどうでもいい・・・・・・って、思えるくらいに。」

 話が終わって、彼女が立ち上がった時、どこかで鈴の音が鳴った。筆者は、猫がいるのかと、思わずテーブルの下を覗きこんだけれど、そんなものが いるはずもなく、目の前にあるのは、彼女のむき出しの足首だった。その足首の周囲は、どこか、痛々しく、青黒く変色していて、少し凹んでいるような気がし た。

「ふふふ・・・。」

 彼女が笑ったような気がして、筆者は、はっと姿勢を正した。自分が、女性に取っては失礼なことをしてしまったという意識があったせいか、いつもは無遠慮に、根掘り葉掘り質問を重ねる唇は、気の利いた挨拶を述べることも、うまくいかなかった。

 喫茶店の前で、彼女と別れた。彼女を見送りながら、筆者は、思わずため息をついてしまっていた。なぜか、つきものが落ちた瞬間のように、だるく、力が入らなかった。
 指って、包丁で、うっかり、切り落とせるようなものなじゃないよな・・・・・・。
 筆者は、彼女を追いかけて行って、もっと、色んな話を聞くべきだ・・・・・・と、自分を叱咤してみた。けれど、その足は、意に反して、地面に張り付いたように動かなかった。




 
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