2018
また明日
空を飛ぶ雲の白さをうらやんだりしません
なぜなら
私には重しが必要だから
どこまでも遠く飛ぶために
帰る巣と
羽を休める止まり木を持っている事以上に
幸せな事があるでしょうか
たとえその翼がまやかしであったとしても
空を飛ぶ時間を
切り刻む痛みが必要だとしても
風にのって どこまでもどこまでも
飛んで行くには
胸に抱いた重しが 重すぎるとしても
もう 時間を巻き戻そうとは思いません
眠るためのお守りに
約束された明日があれば
それでいい
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2018
2017
「どうして勝手に戸棚を開けたんだい?」
「え……だって、それは」
急な話の転換に私はびっくりして、どうしていいのか分からず、助けを求めて周囲を見回した。
「だってはなし。口答えはなしだよ」
「最初から開いていたのよ。鍵がかかっていなかったの」
「口答えは?」
「あ……、なし……」
私は、うつむいた。心臓が早鐘のように鳴り、お腹の中に熱いものが膨れ上がってきていた。頬が熱い。叔父がなにを始めたのかすぐに分かった。
「もう一度、あの時からやりなおそう」
叔父は、私の腕をとり、ピアノ室へのドアを指し示した。そこには、壁にしつらえたあの薄い戸棚がある。多分、中には、前と同じ道具たちが並んでいるはずだった。
ドアを閉める時、ぼわんと空気が閉じ込められる圧力が体を押し包む。ピアノの音も、悲鳴も、そして悪いことをした娘も、その部屋に閉じ込められたのだ。
「ベントオーバー」
口数の少なくなった叔父は、震え上がるほど怖かった。私は、叔父が指し示したピアノの椅子に両手をついて背をそらし、お尻を高く掲げた。スカートがまくられ下着が引き下ろされる。ひんやりと外気があたり、初めて叔父の前に何もかも晒していると思うと、恥ずかしさに目が眩んだ。
ひゅん。ひゅううぅうぅん。ひゅううぅうぅん。ひゅううぅうぅん。
うつむいた私の耳に、叔父が、ケインで空気を切り裂く音が響き渡った。口の中がからからで、膝はがくがく震えていた。ウォームアップのない、いきなりのケインは、初めての経験だった。お仕置きなのだから当たり前なのだけれど、今まで、私にとってのその行為は、結局はごっこ遊びで、一度もお仕置きだった事がなかったのかもしれなかった。
「ワンダース」
「えっ、そんなに、一度にたくさんなんて。」
「薫、口答えは?」
「あ、なし、です。ごめんなさい……」
そして、十二回の切り裂く痛みを、私は、ピアノ椅子の縁を握りしめ、椅子の冷たい皮に剥き出しのお腹を押し付けることで必死に耐えた。最後の方は涙が溢れ、一打ごとにとびあがり、悲鳴をあげていたかもしれない。
「姿勢を崩さないで」
赤く腫れてずきずきと脈打つ肌に叔父のひんやりと冷たい手が触れてくる。
「薫はこれが好きなの?」
「好き」
叔父さんが。好き。
「もっと、叩かれたい?」
私は、泣きながら、頷いていた。
ラケットのような形をした革のパドルが戸棚から取り出され、その奥に並んで吊るしてある同じような木のパドルを見た時、このお仕置きが最後はどんなものになるのか予想がついて、私は青くなって膝立ちのまま後ずさりした。
叔父は黙って待っていた。私が、元のポーズに戻るのを。私が自分から彼の掌の下に来るのを。
ずっと長い間、夢見ていた。叔父と手を繋ぎ夕日の山道を降る景色が脳裏をよぎった。茜色の夕日が沈んでいく海を見ながら、あの岬にマリア様が立っていると叔父が語ってくれた時の夢。
子供の足には下り坂をゆっくり降る事はむずかしくて、叔父の手にしがみついていなければ駆け足になってしまった。走っては、また、叔父の場所まで坂を登る。無条件で差し出される微笑みとその手に、とびつくように両手でぶら下がったあの日。
波状に襲ってくる痛みと涙の向こうにぼやけた風景。絶対に自分からごめんなさいと言うもんかという反抗心や大人としてのプライドは、あっけなく突き崩され、止めどもなく口から溢れる謝罪と懇願に埋め尽くされる。ごめんなさい。許して。もうしない。もうしない。もう、決してしないから。
「どうしてあの扉を開けたのか言いなさい」
「知っていたの。あの中に何が入っているか。よく見てみたかった。あの道具でなにをするのか知りたかった」
さんざん、悲鳴をあげた後に、涙と汗でびっしょりと濡れ鼠のようになった私はようやく素直になって、懐かしい叔父の腕の中で、手放しでおいおいと泣いた。禁じられた扉の向こうに、私は、今抜け出ていた。
「さあ、これで、君は、新しいスタートを切るんだ。もう、失ったものを振り返るんじゃないよ」
(本文より)
2015
2015
2015
2015
2013
2013
2013
2013
2013
2013
2013
2013
2013
2012
2012
2012
見慣れない建物のはずなのに、それを知っていると思うのも私の悪癖のひとつ。そして、思い込みが多いのは迷子になる人の特徴。
でも、その大きな建物には確かに覚えがあった。子供の頃、悪いことをすると親が「そんな子はあそこの幽霊病院に入れてしまいますよ」と、脅したところの廃屋だ。私は建物の前でキャリーを止めてしまった。入りたい。でも、そんなところに入っている時間はない。ただでさえ迷子で予定の時間が大幅に狂っているのだ。だいたい、廃屋だからって入っていいというものでもない。でも、やっぱり入ってみたい。
そのとき私はその廃屋が子供の時に見た記憶のままであることの不自然さには気がついていなかった。
2012
2012
2012
心はいつも
あなたの腕に捕らわれている
どんなに遠くても
会えることがかなわなくても
乱暴に
掴んで
引きずり回して
私は壊れる
粉々になって
キラキラと光りながら吹き散らされる
私はもういない
だからもう傷つかない
2011
私は あなたを失う
何度も
何度も 何度も 何度も
心は その度に 動けなくなる
世界から 色が失われていく
想いの 密度が薄まる
絞り込むような 息苦しさが 遠ざかり
現実感が消え失せ
自分がどこにいるのか分からなくなる
諦観と虚無とブレンドされた失墜の感覚
朝が来る
また あなたを失う朝が
そして私は 繰り返す
期待と不安
ポッカリと空いた胸の穴に
手を突っ込んで
失った悦びを見つけようと
えぐり出す作業を
もう一度出会ったような既視感と
もう一度失うための痛みを
2011
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2011
側に行くと ひっぱたかれる
距離が埋まる喜びよりも
残る傷の方が深い
自尊心が 形をなさなくなって
苦しくて ただ吐くしかなかった
耐えられないなら 離れるしかない
率直さよりもましな気がして
塗り重ねる隠し事の方を受け入れた
バランスが端から崩れる
立て直すだめに その上に嘘を塗り重ねる
嘘には嘘を
隠し事には隠し事を
本音を言っても言わなくても
同じだけ空回り
離れて行く人に同じだけの隔たりを
二人でやれば 距離は2倍
一歩 距離を置いて
二歩 離れて
大好きだった気持ちを
薄めて行く
傷ついた心と同じだけ身体を傷つける
落ちて行く心と同じ位置に身体を 貶める
痛みが必要です
何も考えられないように
寄り添っていた心も
追いかけずにはいられなかった視線も
きれぎれにして 風に吹き散らす
ぽっかり空いた穴に
無理やり 言葉を押しこんでも
決して埋まらない
喪失は代替えがきかない
だから 失わないために 気持ちを作り変える
そしていつか 失うことも 耐えられるようになってしまう
論理の破綻 言い訳のくりかえし
苦しみが無くなると
気持ちも無くなる
楽になるのが先か
破たんするのが先か
傷つかないだけの距離が離れたら
好きが残ってても
身体はもう言う事をきかない
2010
2010
2010
2010
2010
2010
2010
2009
2009
2009
2009
2009
2009
2009
2009
2009
2009
2009
2009
2009
2009