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    2015

02.09

スパンキング・クラブ 2

 焦っていた。佐久間みゆきは、めちゃくちゃ焦っていた。目が覚めたらとっくの昔に約束の時間を過ぎているというこの事態に気がついた時、みゆきは自分の体温が、一気に10度以上降下したような気がした。ただの錯覚だが、現実は厳しい。今日の約束の相手は、スパンキング倶楽部というサークルの先輩の手嶌御津彦である。
 スパンキング倶楽部というサークルは「悪いことをしたらお仕置きをしましょう」と、いう趣旨の元に結成されているサークルだ。手島は、カーで、お仕置きをする側の人間だった。そしてみゆきはキーなので、当然お仕置きをされる側なのである。約束の時間を遅刻するのは定番のお仕置きネタで、お仕置きされたさにわざと遅刻してくるキーもいるくらいである。しかし、手嶌のお仕置きの厳しさは半端ない。いや、まだ叩かれたことがないので、断言できないが、半端ないという評判である。みゆきが一番お仕置きを受けたくない相手のナンバーワンと言ってもいい。
 みゆきは大急ぎで、まず、彼に遅刻のメールを送った。それから5分で着替えて3分で歯を磨き、2分で顔を洗うと、玄関を飛び出した。メイクなんてしている場合でもなく、髪も解かす気持ちの余裕も全くない。

 手嶌の方はというと、することもないので、ぼんやりとホームのベンチに座っているしかなかった。そうなった理由は、待ち合わせしていたみゆきが、件名「遅刻」本文「寝坊」と、いうそっけないメールを送ってきたためである。しかも折り返し電話してみたが、走っている最中なのだろう。携帯に出なかったのだ。
 今、手嶌が心配しているのは、みゆきが焦るあまり、階段で足をもつれさせて、転げ落ちてくることだった。キーの遅刻ごときで気分を害したりしていては、カーは務まらないのだが、お仕置きをしないわけにも行かないだろうな・・・と、そこも考えておかねばならない。手嶌は、自販機で買ってきたコーヒーを飲み始めた。もちろん、みゆきの分の純粋ぶどうジュースも予め買ってある。ぶどうジュースを選んだのは、ただの適当な勘であるが。

 家を出てからの駅までの距離を考えて予想していたよりも、15分遅れてみゆきは階段を走り降りてきた。幸いにもつまずきそうになったのは残り2段の場所だったので、予め階段の下でスタンバイしていた手嶌は、みゆきを受け止めることが出来た。
「ご、ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。寝坊しちゃって。すいません。」
「分かってるから、そんな大きな声出さない。みんな見てるよ。」
 手嶌は、みゆきをベンチに座らせると、ぶどうジュースを渡した。みゆきは、ずっと走ってきたのだろう。すっかり息があがって、はかばかしくものも言えないようすだったが、ぶどうジュースの蓋を捻ると、ごくごくと喉を鳴らして、一気にジュースを飲みほした。おもいっきり息を吐き出す。
「いまさ。ここに座ってたら、向こう側のホームに座ってた人が、財布を忘れて電車に乗っちゃったんだよね。」
「え?」
 さっそくの説教を覚悟していたみゆきは、手嶌の振った話題につながりをみつけられずにぽかんとした。
「そしたらさ、次の客がやってきて、その財布を見つけた。どうしたと思う?」
「えーと、駅員に届けた?」
「ううん、気づかないふりをして、自分の持ってたタオルをその上に乗せた。」
「ふむふむ」
「そして、周囲を見回した。周りにいた何人かの人は、地下鉄と繋がった電車の方に乗って行った。それで安心したんだろうね。男は、タオルごと財布をバッグに入れて、その次の電車に乗った。」
「えー、それってネコババしたってことですよね。」
「うん、捕まったら遺失物横領罪だろうね。」
「えっと、犯罪になっちゃうんですか。」
「なるね。捕まった場合、僕が見ていた事を証言すると多分、起訴されちゃうだろうね。そうしたら、99%有罪になって前科がついちゃう。」
「ひえええ・・・。」
「こないだ、コンビニで携帯電話料金やたばこ代など約1万3千円の会計で、1万5千円を店員に渡したら、コンビニに店員が6万円を預かったと思い込んで、男性に4万6千円のお釣りを渡した。黙って受け取った男性は、詐欺罪で逮捕されちゃったよね。」
「あ、あれ、変だと思ったんですよね。お釣りに1万円札を出すってどういう間違いですか。」
「あれとかも、同じだと思うんだけど、彼らは最初から悪いことをしようと思ってたわけじゃないと思うんだよ。でも、向こうの方から金がやってきた。」
「そういえば、2700万円通帳に入ってて、ラッキーってつかっちゃったおんなのひとが逮捕されちゃった話もありました。」
「うん、あれ、さすがに金額が多くて、入金した相手と取引があったし、返して欲しいって請求を無視って逮捕されたんだよね。でも、間違えて違う口座入金しちゃっても、少額だと結構泣き寝入りになることあるんだよね。銀行が、組み換えって手続きをするんだけど相手から返事がこないと手のつけようが無いみたいな事言い出して。でも、ほんとは、不当利得返還請求権を行使して、ちゃんと返してもらえるんだけどね。でもさ、彼らは最初から犯罪を犯そうと思ってたわけじゃない。ちょっとした誘惑が目の前に差し出されて、出来心がわいちゃって、差し出されたものを掴んじゃったんだよね。もし、そこに財布が落ちていなかったら、彼も、財布を横領しようと企んだりしないと思うし、お釣りだって、100円200円の事だったら、ラッキーって思っちゃって、黙って受け取っちゃったりしちゃうって、あるんじゃないのかな。」
「うーん・・・確かに。」
「犯罪って自分とは全く関係が無いって思っていても、ほんとに、ちょっとしたタイミングで右を選ぶか左を選ぶかで、人の運命変わっちゃうんだなあ・・・。」
「ふむふむふむ。」
「まあ、佐久間さんが遅れてきてるのを待ってる間、そんな事をつらつらと考えながら、ここに座ってたってわけ。」
「ふむふむふむふむ。」
「ちゃんと時間通りに行かないとって、目覚ましをセットするかしないかで運命も変わっちゃうんだよね。まあ、いいんだけど。遅刻はパドル30発+送れた時間10分毎に10発追加だから。」
「え?」
 みゆきは急いで自分の腕時計を見ようとしたが、焦って家を出たので腕時計なんかしているはずもない。
「あ、あのう・・・今、何時でしょうか・・・。」
「45分の遅刻だから45発追加の75発。」
「あのですね。遅刻しようと思ってたわけじゃなくて、目覚ましもかけてたのにいつの間にか止めちゃってて、だから、右を選んだはずが左になっちゃっただけで、自分で意図して選択を変えた訳じゃないんなんですけど。だから、えーと、あの、つまり、減らしてもらえません?」
「それは、だめ。それに、君がここについてからすでにもう、2本電車が行っちゃってるんだけど、これで、僕らの運命も随分変わったはずだと思うんだよね。右と左の選択で変わったのは、主に君の運命の方なんだけど。」
 そのとき、3本目の乗るべき電車がゆっくりとホームに滑りこんできた。
 みゆきは、手嶌に促されて、とぼとぼと電車に乗り込む。
「運命っていうのはね、目的の現場で櫻守さんが僕達の来るのを待ってると思うんだよね。まあ、一応メールはしたら、待っててくれるって言ってたし、でも、彼女きっと一時間以上待ってることになると思うな。」
 櫻守というのは、スパンキングクラブのメンバーの一人で、主に、みゆき担当のカーなのだ。
「ひええええ・・・、もしかして、もしかして、それって別払いですか?」
「うーん、それを決めるのは僕じゃないからなぁ。」
「しくしく。」
「あ、一応、希望聞いとくけど、僕の分は、木のパドルと革のパドルどっちにする?」
「・・・木にします。」
「なんで、キーって、痛い方を選ぶのかな。」
「だってだって、革じゃ、まるでSMみたいじゃないですか。」
「そんなこだわりを持ってるのは日本人キーだけだと思うけどねぇ。」

 なぜなんだろう。キーの女の子は決していい加減な性格なわけでも、迷惑かけようと思ってるわけでもない。けど、なぜか、始終、遅刻してくる。だから手嶌も、何度も何度も何度も、こんなシーンを繰り返してるような気がする。それは、いつも同じようなルーティンを描いてるワークの一つのようだった。結局のところは、みゆきもやっぱりキーなのだ。キーだったら、どんなに頑張っても、やっぱり、遅刻してくるのが運命なのにちがいない。手嶌は、佐久間みゆきの今晩のお尻にちょっと同情した。



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    2015

02.09

スパンキング・クラブ 1

「あーん、どうしよう。どうしたらいいの?」
 佐久間みゆきは、低いテーブルの上に並べられた三本のパドルを前に焦りまくっていた。
 パドルとは、お尻を叩くためのしゃもじのような道具のことを言う。たいていはしゃもじよりも、もっと凶暴な働きをするのだが、少なくとも形はそうだ。原型はボートを漕ぐ道具から来ているらしい。
 何を隠そう、みゆきは、子供の頃から、説教とお尻叩きがセットになっている「スパンキング」という行為が大好きで、今いるこの部屋は、ネットのSNSで知り合った同好の士のたまり場になっている場所だった。お尻を叩く側をカー、叩かれる側をキーといい、やっていることはただお尻を叩くだけなのに、一人ひとりにいろんなこだわりがあり、それがややこしくて、また楽しい。あまりにも変な趣味なので、みゆきも三ヶ月前までは、心の中にしまいこんでいた「憧れ」だった。

「あなたが落としたのは、樫の木のパドル?それとも、オリーブのカッティングボード?それとも、革のパドルかしら?」
 机を挟んで座っているのは、今日、ここに、みゆきと連れ立ってやってきた女性で、櫻守さやという。多分、ここでは、一番の年嵩で、いつもにこにことして、お母さんのような存在だ。
「お湯が沸きましたよ。早くお仕置きをすませて、櫻守さんの持ってきてくれたケーキを食べましょう。」
 しれっとした顔で、台所から顔を覗かせたのは、この部屋の主である手嶌御津彦である。30代の独身男性なのに、やたらとマメで、妙に頼りがいがある先輩的雰囲気を醸し出しているが、その実は、冷酷非道の悪魔の様なお仕置きをすると言われている。
「ちゃっちゃと済ませられると思ったら大間違いよ。聞いてよ。手嶌くん、この娘ったら、エレベーターのボタンを殆ど全部押しちゃったんだから。」
「だってだって、さやちゃんが降りる階のボタンを押したら、その周りの数字たちが、ぴかぴかって光って「僕達のことも忘れちゃ嫌だよー」って、私の事を呼ぶんだもの。それを見たら、かわいそうで、思わず手が出ちゃったの。だから、私のせいじゃないって。他のボタンさんが、寂しくないように、一生懸命、降りる階の上の階のボタンを選んで押したんだよ。それに、普段はとろ、いや、おっとりしてるさやちゃんが、あんなに素早く私の手を掴むとは、思わなかったから、エレベーターが降りる階で停まったんで、下の階のボタンも大急ぎで押そうとしたんだけど。」
「こらっ!って、言ってるのに、やめないで、続きを押そうとするんだもの。他の人にすごい迷惑だって事、分からないの?」
「手嶌さんのマンションって、昼間は出入りする人そんなに多く無いと思う。大丈夫。大丈夫。それに、乗ってきて、予めボタンが押してあったら、自分で押す手間が省けるじゃないですか。『きゃあ、嬉しいっ。』って、思ってくれるに違いありませんって。ねえ、手嶌さん、そう思うでしょ。」
「そこで同意を求められても、私が『そう思います。』って、言う訳にはいかないでしょう?みゆきさん。そうか。それでやって来るなりのお仕置きになった訳ですね。ケーキの手土産だけでなく、スパンキングも付いて来るとは、素晴らしい心配り、ありがとうございます。」
 手嶌は、苦笑すると、さっさとまた台所の方へ戻っていってしまった。見捨てられたみゆきは、うーうー唸っている。

 みゆきが自分の性癖に気がついたのは5つの時だった。TVアニメに出てきたお仕置きのシーン。おじいさんの膝の上に乗せられて、お尻を叩かれている女の子に、目が釘付けになってしまい、鷲掴みにされたようなショックを受けた。もちろん、その時は、その感情が性癖だとは思ってもいなかった。今でも、実のところ思っていない。変な趣味。好きでたまらないだけ。そんな気持ちでいる。
 ただ、お仕置きの事が常に頭から離れない。テレビや本の中に、ふと、顔を覗かせる「お尻叩き」に魅せられてしまっていた。めったに現れない事だけに、そんなシーンを目にすると、何度も何度も思い返しては、妄想にふけらずにはいられなかった。
 その行為に「スパンキング」と言う名前が付いていて、それが好きな人が少なからずいるのだと分かったのは、家の中にインターネットとパソコンが入ってきた中学生の時だった。
 「悪い事をして、叱られて、お尻を叩かれる」という行為は、彼女の中でこね回されて、静かに発酵し、膨らみ続けていたけれど、それが好きだって事は、どう考えてもおかしいという事は分かっていた。どこかいけないことのように感じてならなかった。だから、誰かにうちあけて、理解してもらえる日がくるなんて、思ってもみなかった。

「ほら、早く。あなたの落としたパドルはどおれ?」
「私、落としてなんかいません!この中には私の落としたパドルはありませんっ!あーん、正直に言ってるのにぃ。」
「そこで、正直を発揮しても、叩く回数は減らないからね。」
「だってだって、さやちゃん、このチョイスって酷すぎるー。革のパドルはSMっぽいから論外だし、残りの2つのどっちかって言ったら、カッティングボードの方がまだましじゃないですか。」
「だったら、それを選べばいいでしょう?」
「だけどーーー!それじゃ、お仕置きって感じがあまりしないじゃないですか。雰囲気からしても、風格からしても、どう考えたってこの長くて重い、いかにも痛そうな樫の木のパドルには負けちゃいます!」
「なんで、わざわざ痛い道具の方を選ぶのかさっぱり分からないけどなぁ。それも、とんでもなく、おそろしく、痛いのに。」
 櫻守は、わざとらしく最後の言葉を低い声で、強調する。みゆきが痛みと自分の好みのムードを醸し出す道具の間で、選択を逡巡しているのを見て、楽しんでいる。
「じゃあ、樫の木のパドルで20回ね。机の上に手を付いて、お尻を突き出して。」
 殊更にゆっくりと重い木のパドルに手を伸ばした櫻守は、みゆきの目の前でびゅうんと素振りをしてみせる。風を切るその音が、その道具の真価を表していて、みゆきは震え上がった。泣きべそをかきながらも、それでも、楽な革のパドルにする・・・・・・と、言わない所が、流石の変態キーの面目躍如であった。
 その後20回の悲鳴と、みゆきのありったけの懇願が部屋を満たしたのは言うまでもない。

 痛みのために汗びっしょりになり、ほてった顔と身体を持て余したみゆきは、窓を開けてベランダへ出て行った。5月の風が、彼女のもつれた髪をそよがせる。ずきずきと痛むお尻と、不思議とクリアになった気持ち。胸いっぱいを満たす幸福感が、身体を押し広げ、みゆきは、両手を伸ばして、うんっと背伸びをした。
「みゆきったら、ベランダに出ちゃだめよ。」
「どうしてです?ベランダには、いたずらできるような危険なものはありませんよ。柵によじ登れるような踏み台とかもありませんし。」
「だって、こないだ、向かいの喫茶店に行ったら、ここのベランダって結構丸見えなのよ。しかも、なんかあやしい人たちばっかり住んでるでしょ?このマンション。みゆきがそういう仕事の女の子だと思われると困るじゃない。」
「櫻守さんって、ほんとに心配症ですね。それに、私だって、悲鳴と打擲音を周囲に響かせる、むちゃくちゃあやしいあやしい住人だって思われてるのは確実です。」

 ふたりの会話を聞きながらみゆきは、くすっと笑った。仲間を見つけた。それが、今のみゆきにとっては、空を飛べるほどの喜びだった。



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