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    2009

02.11

狭間に・・・2




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「もし、気が向いたら。」

 男は、そう言って、名刺を差し出した。
 素性の知らない女に、こんな事して、平気なんだろうか。一瞬、そう思ったほどに、ちゃんとした肩書の名刺だった。そう思ってから、自分が、自分の事を、不用意に接触するのが危険な女だと、位置付けている事に思わず苦笑した。今までは、ずっと、私の方こそ、知り合う男に用心していたのに。

 家に帰って、ブラウスを脱ぐと、掴まれた腕に赤く男の指の跡が残っていた。指でそっとなぞると、鈍い痛みが甘く甦る。
 温かい風呂に、ゆっくりと浸かり、髪を洗って軽く乾かすと、さっき考えていた通りに布団の中にもぐりこんだ。

 眠れない夜に、布団の中に居る時の、あのしんどさはどこから来るのだろう。不安が凝り固まって実体化し、胸の上に乗っているような重苦しさ。じっと同じ姿勢でいられなくて輾転反側する。闇が、たわんで、縮んでくる。私を押し包むように。反対に部屋の四隅が遠ざかる。身体が布団に沈み込んで行く。歯を噛みしめて、シーツにしがみつく。その息苦しさは、起き上がらないと消えない。
 耐えきれず、諦めて、PCの前に座る。モニターの灯りを見つめていても、いたたまれない焦燥感や恐怖はあまり変わらないのだけれど・・・。その方がどこかしら楽なような気がしてしまう。胸の上に乗っていた不安が、背中へ移動するだけなのに、不思議だ。
 ペーパーウェイトに使っている剣山の上に、掌を乗せて、ゆっくりと押し付ける。自分でコントロールする「痛み」は、なぜ、痛みとして認識できないのだろう?手を持ち上げ、ぽんぽんと自重に任せて打ちつけると、先端が鋭くなったと感じる刺激の中に、自分の中に重苦しく固まっていたものが溶けだして行く。薄く挽く剃刀の下の白い肉に盛り上がる赤い血のように。現実感が戻って来る。私はどこへ行っていたのか・・・。ずっと、ここに居たはずなのに。

 だが、今夜はそんなあれこれについて考えなくてもいいだろう。潜りこんだシーツの中に、自分の温もりが溜まって行くのを待ちながら、私は、さっき起こった出来事を反芻した。腕に残っている、指の感覚とともに。

 「もし、気が向いたら。」

 気持は最初から、そっちへ向いていた。もしかしたら・・・。もしかしなくても、きっと。目を閉じて、そう言った相手の顔を、思い出そうとしてみる。だが、すでに、彼の顔の記憶は、曖昧になっていた。暗いバーの中で、相手の顔などよく見ていなかったせいもある。けれど、あのぬくもりは憶えている。もたれかかった男の身体の、服の下の硬い筋肉。
 男の事など何も知らないのに、その腕の中で、泣き叫び、そして、しがみつく事を考えて、私は身体を熱くしていた。
 ほんとうにそうなのだろうか?彼の言う気が向いたら・・・は。
どこかしら、否定して、消し去ってしまいたがっている。いいや、それ以上に、自分がそれを希っている事が怖かった。選んでしまうと、もう、後戻りはできないような気がした。偽っていた欲望が、ぬっと顔を出した。その熱さに私は、焼かれようとしていた。


続く
Category: 物語
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