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    2009

05.23

狭間に・・・5


 キラキラと光る水の流れが落ちてくる。ホールの前の滝が、水しぶきを上げていた。自分の中に充満して弾けそうになっている音楽に身を任かせ、ぼうっと立ちつくす。アンコールの拍手で手が腫れてしまった。ギュッと握って、ちょっと、腫れぼったい感触を楽しんだ。

 手が伸びて来て、腕を掴むまで、その人の存在に気がつかなかったのは意外だった。はっと思って振り返ると、もう、その存在感に、圧倒されていた。何度も思いかえし、何度も、反芻したその掌の熱さ。

「どうして、電話をくれなかった?」

 自分の心臓の鼓動が、急に大きくなったのが分かる。それが自分に聞こえるのが。
 私が電話をして来るのを当然のように待っていたの?本当に?ちょっと眉を寄せて、いぶかしげに覗きこんでくるその表情を見つめていると、責められて当然のような気がしてきた。けれど、私と彼は、ただ、カウンターの前ですれ違っただけではなかったのか?

「君は、何も感じなかったのか?あれきりでいいと思ってたの?」

 語尾がかすかな苦痛に掠れて消えた。この人は、すれ違っただけの私を失ったと思っている。惜しんでくれている、私は、腕を掴まれただけの相手に何もかもゆだねきって身体を預けていた。それが当然のように。初めから決まっていたかのように。
 電話したかったの。でも、出来なかった。怖かった。扉を開けるのが。そして、いつか、それを閉めるのが。言葉にしなかった思いが、身体の震えになって、溢れた。

 後から何度思い返してみても、私も、男も、自分達が求めていたものを一度も口にしなかった。なぜ、そんな事が出来たのだろう?どうして私を見つけたの?分からない。ただ、見つけた。そして、間違いないと思ったんだ。お前も感じただろう?不思議に思っただろう?見つけて、捉まえた。そして、失いたくないと思った。

 彼の詰めていた吐息がこぼれた瞬間、ぐいっと腕を引かれた。私は、まろびながら、相手の腕の中につんのめった。

「今度は、黙って行かせないよ。」

 ドアを開けて、後悔するだろうに。必ず、後悔するだろうに。



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「その背もたれの無い方の椅子にお腹を乗せて。」

 私はためらう。そうすると云う事は、彼の物になると云う事を受け入れるって事だ。事が始まってしまったら、嫌は通らない。私が恥ずかしがる事、嫌がる事、苦痛に思う事。そんな事の上を綱渡りして行くために、私たちはここにいる。

 3度食事をし、3度目の日にキスをした。4度目の今日。駅前で待ち合わせ、手をつないで雑踏の中を横切り、入ったカラオケの個室の中で、私は、カバンの中から縄を取り出した彼の前に、いた。

 このためらいと、不安が、私の望んでいたものなのだろうか。できるか、出来ないか。本当に自分はMなのか。その迷いを振り切ってシートの上に腹ばいになった。床についた、右手を彼が掴み、手に持った縄で椅子の足に縛りつけた。そうして反対の手も・・・。

 黙って縄を巻き付け、結び目を作る手慣れた彼の手の動きと、しん、と、変わらない彼の表情を見つめる。ギラギラした男の欲情のかけらもない、静かな横顔。本当に?本当に私を欲しがっているのだろうか?3度の逢瀬に、お互いに交わした言葉は、目の前にいる男とは何の関係もないような気がしてくる。
 目を閉じて、男が、腕を掴んだ、あの瞬間を巻き戻した。再生。リピート。コマ送り。一時停止。腕を滑って行く縄が、男の掌のように肌に吸いつく。再生。リピート。コマ送り。一時停止。熱い塊が喉の奥からこみあげてくる。

 起き上がった彼が、私の身体の横へ背もたれのある椅子をくっ付けてから座った。お尻よりも少し下の方に、足を私の頭の方へ向けて。椅子の上にうつぶせになった私には頭を振りむけない限り、床と椅子やテーブルの脚や、そして、彼の靴しか見えなかった。彼の右手が私のお尻の上に乗せられる。

 スカートの上からとは言っても、びくっと、反応してしまう。心臓の鼓動がさっきよりも大きく、早く、リズムを刻むのが分かる。彼のぬくもりがじんわりと、何枚もの布を隔てて伝わってくる。私は、目を閉じて、彼のその手のぬくもりを味わった。ただ乗せられた温かい手の、私の主となるはずの手。息苦しくなり、口を開けて、空気を吸い込んだ。

「どんな気分?」

 どんな気分だろう。私は自分の気持ちの中を手さぐりする。どきどきと甘い不安。何をされるのか分からないって事が、もう逃げられないのだと云う事が・・・甘い。次に起こる事を待ち望んでいるようでいて、恐れている。その恐ろしさが甘い。そんなのって変だろうか。ぴったりと、とじ合わせた足の間が、充血して熱くなる。ギュッと力を入れるだけで、心地よく、自分が、欲情して来ているのが分かった。

 恥知らず。

 自分に向かって言ってみる。きゅっと、あそこに力を入れて、その甘い余韻が広がるのを確認した。

「怖いわ。」
「どうして?」
「だって・・・」

 言葉がのどに引っ掛かって、私は、つばを飲み込んで息を整えた。そうしている事を知られる事が恥ずかしかった。

「何をされるか分からないんだもの。」


続く
Category: 物語
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