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    2010

04.18

舞姫・1


sensuality_art: Слушай песню ветра




 線路沿いの草むらの中、住宅街の屋根を見あげながら、丈の高い草の中に横たわって、私は、男の腕の中にいた。
 ちょっと小太りで背の低いその男は、道で声をかけられたら絶対に、
「しかと」したくなるんじゃないかと思う容貌をしていた。ごつごつと、節くれだった木の切り株から切り出したような日に焼けた顔立ちに、丸くころころとした指。絶対に私よりも20は年上。いやもっと上かもしれない。厚みがある身体や、頑丈な手足が、中年の脂をのせて、ギトギトと光っている。
 そんな男の印象は、いつしか、色変わりのマーブル模様のように、からくりのどんでん返しのように、くるくると変わっていく。王様や王子様の陰で笑う、どこかいびつでゆがんだ道化師のように、あっと驚かせ、違う姿をひけらかす。捕まったら、悲鳴もあげられぬようにすばやく、人を、あっさりと地獄の穴の中へ引きずり込むだけの本性を持っている男。

 もし、その男が、綺麗に洗った後のシャボンの香りをさせていなくて、
どんな時でも、ピンと背筋が伸びていなければ、私はその男に身体を預けただろうか。その丸太のように腕が、私の身体を勝手気ままに抱きしめて、右へ左へと、振り回すのに身をまかせたりしただろうか。もし、その男と、暗い街灯の下で擦れ違ったら、私は恐怖に震えて廻れ右をして、叫びながら逃げ出したのだろうか。

 分からない。

 実際は、そうじゃなく、私は彼と、社交ダンスの教室のミラーボールの下で出会った。有名な競技ダンスの選手を次々とイギリスへ送りだしている名の知れた教室の、いわゆる初心者向きのレッスン。私の相手をしたのは、若いちょっとイケメンの教師だったのだけれど、レッスンの半ばには、私は、その黒い男の方に目を奪われていたのだ。
 明らかに「うまい」と、分かる男女のペアの側に男は立っていた。言葉少なに指示を出し、時々、ちょっとステップを踏んで見せたり、2、3歩毎に、ポーズの途中で止まったマネキンのように動きを止めたりしている男女の身体に手を添えて、正しい位置に来るように直したりしている。
 どうみてもちんちくりんで、不格好なのに、なぜ、こんなに目を引くのだろう。何気ない手の振りにも、足の運びにも、特に変わった事があったわけでもない・・・いや、もしかしたらあったのかもしれないけど、初心者の私には、それを見分けられるほどの力もなく、ただ、目の前に立っている、私をホールドしている、キラキラしくすらりとした若いダンス教師の肩越しに、そのイケメン教師が私をくるりと回すその度毎に、私は、そのどう見てもどこかバランスの悪い、いびつで美しい奇形を思わせる身体付きの男を、見つめずにはいられなかった。

 そして、今、ごくあたりまえに、人が通って行く、その道の傍にある草むらの中に、私は、男の腕の中で、背中を土につけたまま、思わず開いた瞳に眩しい空を仰ぎ見ては、ギュッと目を瞑る事を繰り返していた。身動きがとれないほど、しっかりと絡みついた両腕の中、首をすくめようとして、甲斐の無い努力を繰り返しながら。男の胸を必死に押し返す。足をばたつかせてもがき逃れようとする。男の腕は強く、私の、抗いにびくともしない。

 背筋を這い上がっては、翻り身体の中心を貫いては遠ざかる、その甘い感覚に、私は、翻弄されていた。
 男がやっている事は、私の耳に唇を押しあてて、舐めたりしゃぶったり、息を吹きこんだり、吐息のような喘ぎを訊かせたり、舌を押し入れて来たりするだけなのに。最初は、身震いしては、首を振ったりしていた私は、すっかり地面に押し付けられ、もう、その耳も彼の唾液に濡れた頸筋も、感じやすい髪の生え際も、彼から守る事ができなくなっていた。身内を走る快感の波が、繰り返し、繰り返し、私を捉える。
 背中の下にある冷たい地面と、そして、私の身体にしっかりと巻き付けられた男の腕と、そして、私を押しつぶす厚く盛り上がった胸板と。しがみつくその男の身体が無ければ、私は、宙を舞い、打ち上げられそれからまた急降下を繰り返す、初めてのその快感に耐えられなかっただろう。

 初めて。そう、本当に初めてだった。私の貧しい性体験は、もどかしく自分の身体をどう扱っていいのか分からない延々と続くオナニーと、中途半端なオーガズムとも呼べない薄っぺらな快感のまとわりついたセックスによって、作りあげられていた。
 本の中で、ネットの動画で、たくさんの女たちの喘ぎ声で彩られた「逝く」と言う出来事が、実際はどんなものなのか、知らないと思い込んでいた。昇り詰める。気持ちよく弾ける。その最中でも私は冷静で、翌日の晩ご飯の献立だってたてられた。我を忘れると言う快感とやらに思い焦がれ、私は、布団の中でこっそりとえろちっくなロマンス小説や官能小説をひっくり返しながら、溜息をつくばかりだったのだ。

 だから、男が、私を草むらの中で、石ころにつまづくような場所で腕の中でゆらし、やがて、まるで、ホテルのダンスパーティの中に居るようにロマンチックに踊らせてくれながら、私を「逝かせて」くれると言った事も、まるで、信じていなかった。服も脱がせないで、セックスしないでどうやって、そんな事が出来るものか、と。

 「できる」と、男はにやりと笑いながら言った。優実が俺に逆らわないならば、俺に、すべてを預けるのなら。波に乗り、一緒に、海の底へ潜る覚悟があるのなら。

 そうして男は、そっと、私を腕に絡め捕り、頬に口づけ、その唇を滑らせて、吸いつかせては、優しく歯を立て、ああ…とにかくよく分からないままに、気がつけば立っていたはずの私はいつの間にか膝が折れ、地面の上に横たえられて、男の身体にしがみつきながらも抵抗する事を繰り返していた。

 うねりが押し寄せる。

 逃れようと、もがく。逆らってはいけない。一緒に、共に・・・。
けれど、あまりにも鮮烈で強烈な快感に耐えられなくなって私は暴れずにはいられなかった
頭の上に水があるのに、足もつかない大海原で、息を吸おうとして、伸びあがる。私を水面に浮かび上がらせて、一瞬息を吸い込む余裕を与えてくれるのは、その海の底に私を沈ませようとしている男。だた私が必死になってしがみついているその男だけなのだった。


→舞姫2へ続く・・




→★物語を読むための目次★
Category: 物語
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