2019

04.10

奈加あきら

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無題



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 その場所に行くためには古い町家の格子戸を抜けていかねばなりません。格子戸は、しっかり磨き上げられ、月日に洗われて飴色を醸し出しています。戸は、カラカラと軽い音で滑るのは分かっているのですが、できるだけゆっくりと開け、そして、ゆっくりと元通りに閉めます。玄関へ続く敷石も、脇庭に曲がる飛び石も、たっぷりとまかれた打ち水にしっとりと濡れ、つやつやと黒光りしています。まるで、これから覗き見る世界の禍々しさと、されど、磨き上げられた技を思い起こさせるように。
 私は、いつも、家の脇へ回ります。正面から玄関を訪ねる時は、特別なときだけ。足音を忍ばせて、飛び石を渡っていくと、日々植木屋が丹精を込めている庭に面した広縁に出ます。張り替えられたばかりのような障子はいつも半開き。私は、予め靴を脱ぎ、そっとその広縁に這い登ります。見てはならないもの、知ってはならないものに、身を浸すために。



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 その日は、夏の暑い日でした。時々、頬を撫でる涼風が吹き抜けていく他は、じっとりと空気は湿り、蚊遣の煙はたなびかずにあたりに靄をたちこめさせています。女の呻きが障子の間から漏れ聞こえてきます。縄をさばく音、畳を打つ音、ぎりぎりと軋む音。思わず漏れた女の吐息に耳を済ませながら、私の意識はゆっくりと昏い世界へと流れ込んでいきます。周囲の風景は、段々とかすみ、見えるのは女の首筋に光る汗と、くくし上げられた指の踊るさまだけ。うつくしく結い上げられていたはずの髪はほつれ落ち、とろりと欲情した瞳は締め上げられる苦しみにぼんやりとして何も見ていないかのようです。


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 私の、奈加さんの舞台はいつもこんなふうに始まります。八年ほど前に、冬縛で奈加さんの舞台を初めて見た日からずっと。
 それで、私は、始まる前に息を整えて、それから、今から起こるはずの時間に思いをはせます。空には大抵は細い三日月。風にのって聞こえるのは裏庭の竹のざわめき。チラチラと蝋燭の炎が揺れ、障子にうつるのけぞる女人の人影も揺れている。それから、障子の影から頸を伸ばして、部屋の中で起こっていることを覗き見るのです。
 今回の舞台では、第一部から第二部へ、段々と暮れていき、真っ暗な夜が出現してくるように感じられました。時々吹きすぎる夏の風が、蚊遣の煙を揺らし、そして風がやんだ後の湿った空気の重さが、暗い劇場の中にたちこめていました。

 私にとって奈加さんの舞台は、いつも、昔から語り継がれていた古い物語のようで、後ろを振り返らずにはいられない恐ろしさを含んでいます。美しさや女の哀しさよりも、最初に、なぜ、どうして、ここに来てしまうのだろう。と、胴震いしてしまう怖さ。人は「怖いもの見たさ」とよく言いますが、私の気持ちはまさにそれなのじゃないでしょうか。行為の過激さや、激しい責縄とかいうのではなく、男と女が、ここにこうして出会ってしまった恐ろしさにいつも満ちているのです。
 だから、私は、いつも身体を固くして、息を詰めて、私がここにいることに誰も気が付かないでくれるようにと一生懸命に、隠れてそれを見つめ続けます。罪をその身にとりこみ、おののいている自分を誰にも知られないように。

★奈加あきら先生より 許可を得て画像を転載しています。
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